2011年2月 9日 (水)

つぶやき

ホームページの立ち上げを依頼している金田さんのグループの
NPO法人コトハナのグループが参加するイベントが開催されます
時間があれば寄って見ては
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2010年11月 9日 (火)

つぶやき

いよいよ HPも具体的な討議 トップのデザインも決まりつつ有り

ここに核になるデザインの討議に入り次回に作成検討

出席者 高井さん・越川さん デザイナアー金田さん

  事務所 白木さん・森さん  つぶやき写真 提供 岸本

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次回のHP会議は11月22日月曜日11時より15時の

「DSC_0003.JPG」をダウンロード

追伸  happy01 今月の灯り清掃は11月13日に変更いたします

 沢山さんの参加を希望します  happy01待っていますhappy01

 sunsun53回目ウォークは後5日後の11月14日日曜日

阪急逆瀬川東口10時出発です(注・タオル持参で)sunsun

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2010年10月21日 (木)

つぶやき

11月3日 水曜日 午後7時より東灘うはらホールで上映

午後8時より白木が 語り部を  15秒ほど遠い所で手を振っていた

映像が縁で出演(語り部)を 映画を観賞されたい方は時間までに

うはらホールの5階へ 入場者限定の上映です

10人程入れてもらえるように手配しました

此れは NHK阪神淡路・大震災15年特別企画で作られ

上映されたものです(第36回放送文化基金賞 受賞作品)

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「IMG_0003.jpg」をダウンロード 

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2010年10月15日 (金)

ブログ 事務局のつぶやき

HANDSのHPを何とか動かすように努力をしています

10月14日で2日目の打ち合わせを行いました

又 11月1日に事務所で3回目をする予定にしています

ある程度目鼻が立つことを期待しています

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2010年10月 6日 (水)

ブログ通信 ルミナリエ・パート2

HANDSの参加お手伝い出来る事は「1.doc」をダウンロード

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2010年2月 6日 (土)

次世代スパコンって、な~に?

次世代スパコンって、な~に?

 これならわかる次世代スパコン県民・市民セミナー

と き: 2010(平成22)年2月6日(土)14:00~16:00

ところ: ニチイ学館ポートアイランドセンター 3階会議室

定員:300名

プログラム

(1)挨拶 

  開会挨拶 神戸市長 矢田立郎

  来賓挨拶 文部科学省

(2)講演

  (独)理化学研究所 情報基礎センター長 姫野 龍太郎先生

  ※身近なスパコン活用例(ものづくり、新車開発、衝突実験等々)

  ※次世代スパコンで可能となること(医療・薬開発・難病治療の方法開発等)

  (独)海洋研究開発機構地球シュミレータセンター 高橋 桂子先生

  ※スパコンによる地球環境予測(仮)

  ※集中豪雨予測など市民防災に期待される次世代スパコンなど

 昨年の政府の仕分け作業で神戸市民にとって一躍注目を浴びた施設でした、その次世代スパコンの県民・市民セミナーに参加してきます。

 この情報は「1.17のつどい」に参加している多くの行政関係者との絆のなかで培われた情報網によるものです。夫妻で参加申し込みしたのだが、付録でつくといわれた「花鳥園」の入場券につられたのかもしれない。

次世代パソコンに期待する新薬開発・難病治療などはがん医療対策にも可能性があるように思います。先般、学んだがん教育講座の中の人間の細胞遺伝子の解明はがん医療の可能性も多く含まれているとのことである。私の世代ではなく未来志向を求める学びとも考えたい。

 会場に行き驚いた、電車から降りる人並み、中学生の子供たちが親や教師に付き添われて、続々会場に入って来ます。会場は予約で満杯とのスタッフの指示で全席予約状況でした。私の席の周囲も子供たちで熱心に講演者の話をめもる子供達の姿、将来も安心出来る実感を味わいました。

 今日の会場で大下氏とは行きの電車で偶然に一緒になり、会場では森田氏とご挨拶、帰りの電車で川瀬さんや大下さんそして後藤さんと同じ電車で三宮まで同行できました。藤本さんも来られていたようですがお会いすることが出来ませんでした。私の妻は風邪気味で参加できず残念がっていましたが、妻の誕生日のケーキを買い求め誕生祝をさせていただきました。

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2010年1月12日 (火)

「希望の灯り」全国へ 神戸で分灯始まる

 

神戸新聞ニュースから転用(2010年1月11日朝刊より)

灯りから火を移す各団体の代表者ら。今年も全国各地でともされる=10日午後、神戸市中央区加納町6(撮影・峰大二郎)02633209

 阪神・淡路大震災から丸15年となるのを前に10日、神戸市中央区の東遊園地にともされているガス灯「1・17希望の灯り」の分灯が始まった。各地の追悼行事などで点灯される。

 この日は18団体の代表らがランタンに火を移した。震災で生徒7人が亡くなった同市須磨区、市立太田中学校の生徒会長浅葉勇汰君(14)は「僕がお母さんのおなかの中にいた時に家がつぶれ、大変だったと聞いた。灯りのぬくもりを追悼行事で伝えたい」と話した。

 灯りは2000年1月17日、震災死者を悼み、支え合いの気持ちを忘れないよう、全国のボランティアらから火を集めてともされた。分灯は01年から続き、今年は既に43団体が申し込んだ。

 分灯は14、16、17日にも予定。申し込みは特定非営利活動法人「阪神淡路大震災1・17希望の灯り」TEL078・682・1117

(石崎勝伸)

 1.17のつどい 準備も最後の追い込みに入りました。分灯行事の応援参加と竹の搬入受け取りの参加と、例年のように東遊園地に出掛けます。そして、本日は北海道新聞の新聞記者からつどいの竹灯篭に書く、メッセージについて取材を受けました。

 阪神淡路大震災15周年のつどいについての働きが道内の人々に報道されるようになるかも知れない。掲載された場合、新聞記事を送って貰うよう依頼しているがどのような記事を書いて下さるか楽しみです。

 そして今日の夕方7時ごろ相生市の山岡伸一さんがお孫さんと一緒に竹を届けてくれました。300~400本近い素晴らしい竹製品です。

 山岡さんの職業は 

 貸鉢木・観葉植物・ガーデニング「ひとみ園」を経営しています。

 そして今日東遊園地に設置されている「希望の灯り」を設置時から夫妻で毎日清掃してくれる、食べ処・酒処 たて川(神戸市中央区東町)の女将を白木氏を通じて紹介されました。私も1~2度ほどその店に入ったことがあります。

 いま たて川の大将は余命数日のがんと闘っています。たて川の夫妻の語ること、希望の灯りを清掃する奉仕は多くの絆が生まれ、お店の繁栄に繋がったといいます。

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2009年5月15日 (金)

南国鹿児島の物産と観光展

13日から19日まで大丸神戸店で開かれている「南国鹿児島の物産と観光展」に行ってきましたnote
お目当ては、、、、、もちろん「フェスティバロ」さんhappy01
今回は「HARUKA」は販売されていませんがスィートポテトでお目見えしています。
Sweet 

レアケーキタイプとはまたちょっと違う唐芋の
味が3種類楽しめますheart01

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2006年8月 6日 (日)

神戸大空襲と敗戦

8月15日が近続くと思い出します、あの戦争の辛い思い出を、1945年には神戸の空にも米空軍の攻撃が増し、大倉山高射砲台からも応戦し少しは敵機を墜落させましたが、次から次に飛来し戦火がひどくなり、住民の田舎に疎開が始まりました。疎開しない人のために道路に防空壕が掘られ、空襲警報の度に防空壕に非難しなければならず、ある寒い朝空襲警報が発令された時、妹は風邪で発熱して、私は眠いし、寒いものですから布団の中から起きたくない、妹と二人が死んでもいいから防空壕に入るのは嫌やだと母親を困らせた思い出があります。その度に警防団の団長さんから早く防空壕に入る様、再三にわたり警告があり、親父は爆弾が直撃されれば、家の中も防空壕の中も同じだといって、団長さんの警告を無視して子供の気持ちを尊重し家の布団で警報解除を待ちました、それに味を占めた私達はその後の警戒警報にも防空壕に入らなかった為に、団長さんと旨く行かなかった事もあり、戦火がひどくなった、1945.3.15日母親の実家である三木市に疎開しました。その二日後に1945.3.17神戸大空襲です。親父が大八車に生活必需品を積んで神戸から15時間掛けてやってきたのが16日の夜でした。Icon06 その後、終戦まで疎開生活がはじまります、物不足の中で私達兄弟の胃袋を満たす為に母親が箪笥の引き出しから自分の着物を出して百姓家へ行き、食料と変える日々が続きました。其のうち変える物が無くなって来た、そんな夏の暑い日でした。隣保長さんの家の前に大人たちがラジオから流れる放送に頭を垂れ、泣いているのを不思議な思いで見ていたことを覚えています。後から母親に日本が戦争に負けた事を知らされました。子供心に これで、やっと神戸に帰れる、家族揃って疎開前の生活に戻れ、旨い物が食える。ヤッタ― 心の中で叫びました。翌年の四月(国民学校改め)小学校入学です、校舎は被災のまま、二部授業ところどころ黒く塗りつぶしたわら半紙の教科書、それでも学校に行ける喜びに満ちて、食糧難のヤセポッチの子供達ですが、みな元気に通っていました。今年も終戦記念日がきます、二度とあの時の苦い思いを子供達にさせないことを願っています。(終戦当時6歳) 大下幸夫

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2006年7月16日 (日)

震災モニュメント交流に懐かしい長老柏木さん参加

震災モニュメント交流に懐かしい長老柏木さん参加

震災モニュメント交流に懐かしい長老柏木さん参加

お元気そうで何よりです

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